愛知県衛生研究所

生体と元素

2019年12月23日

生体と元素

生体内にはほとんどすべての元素が見いだされる。人体内にある元素の中でも1 mg/kg以上存在している元素を表1に示した。さらにヒトにおいて必須微量元素であることが明らかにされているものに「〇」の記号を付けた。人体内の存在量が1%以上ある元素には、酸素(O)、炭素(C)、水素(H)、窒素(N)、カルシウム(Ca)、及びリン(P)が知られている。このうち、O、C、H、N及びPは、アミノ酸、タンパク質、核酸、脂肪、糖類などを構成しており、Caは骨の成分として、さらにPは核酸やヌクレオシドのリン酸結合によるエネルギー貯蔵機能に必要なものである。これらに次いで、硫黄(S)、カリウム(K)、ナトリウム(Na)、塩素(Cl)、及びマグネシウム(Mg)が多く、0.05〜0.25%を占めている。Sは含硫アミノ酸を構成する元素であり、K、Na、Cl及びMgは細胞の浸透圧の維持と調節、細胞質のコロイド状態の調節、細胞の膜電位の決定などの役割を果たしている。これらの元素以外にも生命活動を円滑にするために様々な元素が存在している。

元素は金属と非金属に分類することができる。さらに金属の中でも比重が4よりも重いものを重金属、比重が4よりも軽いものを軽金属と分類している。

わが国では、これまでに重金属に分類されたものを原因とする社会問題がいくつか発生している。例えば、メチル水銀(Hg)を原因とする水俣病、カドミウム(Cd)を原因とするイタイイタイ病、ヒ素(As)を原因とする森永ヒ素ミルク事件、和歌山毒カレー事件などである。

表1 人体内にある元素の必須性及び存在量
元素名 元素記号 必須微量元素 存在量(%)
酸素 O* 65.0
炭素 C* 18.0
水素 H* 10.0
窒素 N* 3.0
カルシウム Ca 1.5
リン P* 1.0
硫黄 S* 0.25
カリウム K 0.20
ナトリウム Na 0.15
塩素 Cl* 0.15
マグネシウム Mg 0.05
Fe  
フッ素 F*  
ケイ素 Si*  
亜鉛 Zn  
ストロンチウム Sr    
ルビジウム Rb    
臭素 Br    
Pb    
マンガン Mn  
Cu  
アルミニウム Al    
カドミウム Cd    
スズ Sn    
バリウム Ba    
水銀 Hg    
セレン Se  
ヨウ素 I  
モリブデン Mo  
ニッケル Ni  
ホウ素 B*    
クロム Cr  
ヒ素 As    
コバルト Co  
バナジウム V    
*:非金属元素

尿中重金属濃度

誘導結合プラズマ分析装置(ICP/MS)の写真
写真1 誘導結合プラズマ分析装置(ICP/MS)

愛知県では、上述のような重金属を原因とする問題の危機管理の一つとして、1976年から2018年まで尿中の重金属濃度を測定し、尿中の常在値の把握を行った。その中から2010年から2018年に誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP/MS)(写真1)を用いて測定した結果を表2に示した。なお、対象者については、全試料提供及び調査票への回答についての同意が得られている。

表2 実測値の尿中重金属濃度(性別)(n=128)
定量下限値 男性(77名) 女性(51名)
2010〜2015 2016〜2018 平均値 平均値
中央値 中央値
最小値最大値 最小値最大値
Cr 0.02 0.1 0.15 0.13
0.10 0.11
N.D.0.52 N.D.0.49
Ni 0.1 0.25 2.0 2.0
1.8 1.6
N.D.6.6 N.D.4.8
Cu 0.8 1.25 11 9.6
9.7 8.4
2.528 2.425
As 0.09 2 120 130
95 86
12410 15540
Se 0.2 1 56 57
46 48
8.5160 8.1190
Cd 0.01 0.1 0.68 0.83
0.59 0.65
0.111.8 0.133.7
Sn 0.2 0.1 0.43 0.50
0.24 0.21
N.D.2.7 N.D.3.8
Hg 0.09 0.25 1.0 1.0
0.74 0.69
N.D.6.9 N.D.4.5
Pb 0.09 0.25 0.79 0.57
0.76 0.52
N.D.2.4 N.D.1.3
N.D.:定量下限値未満
結果は有効数字 2桁

測定対象重金属の紹介

(1)クロム(Cr)

Crの中でもCr6+は強い発がん性を持つことはよく知られている。中毒の発生は、産業職場での粉塵やミストの曝露によるものがほとんどである。

Crは主に小腸から吸収され、呼吸器からもわずかに吸収される。しかし、その吸収率は化学形によって異なる。Crの主な排泄経路は尿であり、一部は糞便から排泄され、わずかではあるが汗や毛髪からも排泄される。

(2)ニッケル(Ni)

高濃度のNiは体中の全組織に障害を与えるが、一般的に毒性は低いといわれている。しかし、Niイオンの注射によって腎臓のDNAの活動に影響を与え発がん性の可能性があるとされている。

Niは主に食べ物からの消化と空気からの呼吸によって摂取される。さらに、Niを含む人工物と接する皮膚からの経皮吸収もあるが、わずかといわれている。

Niの経口投与による胃腸吸収は食物からのものは1%以下であり、残りはそのまま排泄される。Niは糞尿、汗、胆汁、唾液、髪などによって排泄される。

(3)銅(Cu)

急性Cu中毒は、嘔気、嘔吐、下痢、上腹部痛を起こす。重症の場合には、溶血性貧血や循環虚脱を起こして死亡するといわれている。Cuは主として十二指腸や小腸から吸収され、肝臓から胆のう(胆汁)、さらには腸を経て糞として、あるいは腎臓から尿に含まれて排泄される。

(4)ヒ素(As)

As中毒は上述のように森永ヒ素ミルク事件、和歌山毒カレー事件などが知られている。また、Asに関しては、バングラディッシュ、インド・西ベンガル州、フィリピン・ミンダナオ州、中国・内モンゴル地域など多いところでは10万人単位で慢性As中毒が発生している。

As化合物はその化学形態により生物に対する作用が全く異なる。最も毒性が強いとされる無機As(As3+、As5+)化合物が哺乳動物に摂取されると、その90%は消化管から吸収される。体内に侵入した無機Asは主に肝臓や胆のうで無毒化され、速やかに尿中に排泄される。一般的には尿中への排泄が速やかな元素ではあるが、肺、肝臓、腎臓、脾臓、皮膚、筋肉、毛髪などに分布しやすい傾向がある。

(5)セレン(Se)

Seは生体にとって必須の微量元素であるが、毒性の強い元素でもある。無機Se化合物である亜セレン酸の致死毒性はメチル水銀と同じレベルの毒性を持つといわれている。これに対して、セレノメチオニンなどの有機Se化合物は毒性が低いとされている。

ヒトが摂取する可能性のあるSe化合物には、無機Se化合物のセレン酸、亜セレン酸及び有機Se化合物のセレノメチオニン、セレノシステインなどがある。いずれのSe化合物も消化管からの吸収率は85%以上であり、効率よく吸収される。体内に取り込まれたSeは肝臓や腎臓に一時的に蓄積し、速やかに排泄される。Seの主な排泄経路は尿とされているが、過剰にSeを摂取した場合には、呼気中にSeがジメチルセレンとして排泄される。

(6)カドミウム(Cd)

Cdは吸入あるいは経口摂取で中毒を起こす。Cd中毒については、上術のようにイタイイタイ病が有名であり、長期にわたりCd汚染土壌でとれた米や野菜を摂取したことによる。

Cdの主な吸収経路は消化管と肺といわれている。消化管からの吸収率は低く、吸収されなかったCdはそのまま糞便に排泄される。

産業現場でのカドミウムヒュームへの曝露、あるいは喫煙により肺からCdが吸収される。吸入されたCdの5〜20%が肺に沈着し、その大部分が血液に移行する。

吸収されたCdが尿、糞から排泄される割合は、体内蓄積量の0.01〜0.02%ほどしかない。Cdの生物学的半減期は非常に長く、ヒトの場合、10〜30年といわれている。

(7)スズ(Sn)

金属Snの経口毒性は低く、大量の経口摂取で嘔吐を惹起する程度である。無機Snの経口毒性は金属Snに比べればかなり強い。

摂取された無機のSnの生体への吸収と貯留は非常にわずかであり、主として糞尿中に排泄される。無機のSnの生体内生物学的半減期は26〜29日といわれている。体内に吸収された無機のSnは主に骨に蓄積し、骨形成の阻害や骨の脆弱性の原因となる。

(8)水銀(Hg)

メチル水銀中毒については、上述のように水俣病が有名である。

Hgは化学形によってその吸収率が大きく異なる。液状の金属Hg(Hg0)は消化管からはごくわずかしか吸収されない。蒸気状のHg0は肺から体内に入り、ほとんど完全に吸収される。無機Hg(Hg2+)の食物からの消化管吸収は10%以下であるが、大きな個人差がある。有機Hgのフェニル水銀は約40%、メチル水銀などの低級アルキル水銀はほぼ100%が消化管から吸収されることが知られている。

Hgは主に尿および糞便から排泄されるが、水銀の化学形、投与量、暴露後の時間により異なる。

メチル水銀は肝臓から胆汁中へ比較的多く排泄されるが、そのほとんどは腸管から再び急収され腸肝循環が成立する。このため、メチル水銀の体内貯留時間が長いと考えられている。さらにメチル水銀は毛髪中への蓄積性が高いことから、毛髪も排泄経路の一つとして考えられている。

(9)鉛(Pb)

Pb中毒に関する記述はローマ時代からすでに存在しており、古くから知られている中毒といえる。古くなったPbの水道管から水道水中への浸出の危険性が指摘され、1992年以後順次水道管に使用されていたPb管の取り換えが進んでいること、ガソリンの無鉛化が進んだことにより、環境中からの取り込みは減少している。

成人では基本的に飲食物から摂取されたPbの90%以上はそのまま糞中に排泄されるが、残りは消化管から吸収される。小児では経口摂取したPbの約40〜50%が吸収されるといわれており、成人よりもPbに対する感受性が高く、Pb中毒も現れやすい。さらに、胎児でも同様にPbの吸収率が高いとされている。

呼吸によって摂取されたPbは約15〜45%が吸収され、8%が気管内に沈着する。

消化管から吸収されたPbは血流を介して全身をめぐった後、基本的には糞尿中に排泄されるが、一部が体内に蓄積される。特に、骨への蓄積が多く、ヒトの体内総Pb量の90%以上が骨に蓄積している。その他、脳、心臓、肝臓、腎臓、肺、脾臓、精巣などにも蓄積する。

【関連資料】

愛知県衛生研究所報(第66号)[平成28年3月] 愛知県住民の尿中金属濃度

【参考文献】